研究課題:
1)光周性花成誘導の分子機構の多様性の解析
2)遺伝子組換え植物の安全性評価に関する研究
3)遺伝リテラシー教育・サイエンスコミュニケーション
(研究紹介)
私は光周性の花成誘導の分子機構の多様性について研究している。光周性は日長の変化に応答する生物現象であり、その中で最も良く知られた現象が花成誘導である。これらを分子レベルで解明すると共に、植物の進化・多様性に至る幅広い研究を展開したいと考えている。植物は日長の変化を感知して花芽を形成する時期を決定するものが多い。この分子機構には、「生物時計」による日長の計測と、花芽を誘導する「花成ホルモン」が関与すると考えられるが、ほとんど解明されていない(図1)。生物時計の存在は最初に植物の研究で発見され、植物における研究が他の生物種の研究をリードする重要な役割を果たしてきた。一方、「花成ホルモン」は人類が夢と描いてきた「花咲か爺の灰」であり、植物に花を着けさせることができる未発見の物質である。最近、光周性花成誘導の研究は急速に展開しており、生物時計と花成ホルモンの実体を解明できる気運が高まって来た。花成を中心とする本研究の成果は人類が将来直面する食糧問題解決の一つの重要な鍵ともなるものと考えている。
研究は2つの方向から進めている。葉で行われる日長の感受から生物時計による計時と花成刺激の生産に至る機構と、花成刺激によって芽で行われる栄養成長から生殖成長への分化転換の機構である。これらの過程を生化学的・分子生物学的な手法で調べるための植物として、私はアサガオを中心として、シロイヌナズナ、タバコ、イネ、シソなどを用いて研究する。アサガオ(品種、紫)は、芽生えの段階でも1回の短日処理で花成が誘導できるため、これらの過程の再現性の高い経時的な解析に優れている。即ち、芽生えは短期間精魂込めて育てれば、再現性の高い実験が達成できる。そして、1回の短日処理で花成が誘導できるということは(ほとんどの植物は数回以上の光周期処理が必要である)、1回の誘導暗期の開始から花成誘導の過程を経時的に追いかけることを可能にする。私は共同研究者等と共にこれまで一貫してこれら花成誘導過程に伴って遺伝子発現が変化する遺伝子を単離して、その解析を進めてきた。これらの遺伝子は計時機構や花成ホルモンの生産機構に直接・間接に関与しており、花成誘導過程の解明に寄与するものと考えている。現在展開中の研究の詳しい内容は、研究室の各々のメンバーのページをご覧いただきたい。
この数年で際だつトピックの一つには、長年不可能と思われてきた形質転換アサガオの作出に世界に先駆けて成功したことである。植物の分子生物学的な研究を展開する上で、形質転換植物を用いることは必須事項であった。アサガオ(Japanese morning glory)は我が国が誇るモデル植物として、花成研究の他にも花色の変異、花の形態変異等の研究があり、今後ますます分子生物学の研究に用いられていくことだろう。植物の全ゲノム塩基配列の解読が進みポスト・ゲノム時代に入った今、アサガオを一つの中心として研究を展開したいと考えている。当研究室に興味を持たれた方は、ホームページの他の部分をお読みくださると共に、ぜひ我々を直接訪ねていただいて、私や日夜健闘している共同研究者・学生諸君等に会い、直接に研究の熱い現場を見ていただきたい。
(自己紹介)
少年時代は昆虫、少し経って飼鳥に熱中し、その後は植物へと対象を変化させていったが、基本は生命の仕組みを知りたいという知的欲求であった。現在も「植物の生き様を分子の言葉で理解する」という強い気持ちは変わらない。大学の選択は、植物の研究者の数が当時最も多かったということを大学職員録で調べて、筑波大学の生物学類(筑波大学では理学部の生物学科に相当する)とした。その後、学類の2年次に原田宏先生(現在は名誉教授)の研究室を訪ねてその情熱に感動し、その研究室に入って当然のごとく大学院へも進学した。研究室に入ってすぐの頃は当時一番若いスタッフであった鎌田博先生(現在の上司である教授)に彼の実験が終わるのを待って毎晩いろいろと質問し、植物発生生理の基本的な考え方と知識を教えていただいた。この頃の楽しさは忘れられない。現在のテーマである花成誘導に関する分子機構の研究は、修士の終わり頃に研究に行き詰まったことなどから、花成ホルモンが未発見であることなどに大いに興味を持って始めた。シャンポリオンがロゼッタ・ストーンを解読したように、花成ホルモンの正体を解明したいと考えている。現在用いている実験手法の多くは、最初の直接の指導教官であった内宮博文先生(現在は東大教授)から徹底した指導を受けたものに端を発する。これまで多くの先生方、良き同士達に恵まれながら、今日まで花成の研究を続けて来ることができたことは幸運であったと思う。2001年4月から新しく鎌田博研究室のメンバーとして筑波大学へ10数年振りに還ってくることができた。筑波ではこの9年間は共同研究者の小野公代と学生達が花成誘導の研究を展開してきた。光周性花成の研究を特に生物時計機構との関連へと発展させて、新しい機械を次々に導入してきた彼らの努力には敬意を払いたい。2001年10月には遺伝子実験センターが改築されて新しい実験室へ移転した。植物を育てる設備も拡充して、これからが研究の収穫・発展の時期である。大いに展開させていきたいと考えている。
一方、1人の科学者として、1人の社会人として、もっと直接的に社会に貢献できることはないかと、以前からずっと考え続けてきた(花成の研究も将来必ず多大な貢献をすると信じているけれども)。それは、原田先生が「これからの研究者は、社会への貢献についても考えて行かないとね」と話されたのを聞いてから考え始めたことである。前職では「生命と倫理」という講義を担当して、生物・農学系の大学の卒業生が当然考えていなくてはならない問題について、解放型の(結論が無い形での)講義シリーズを提案して実施した。リニューアルされた遺伝子実験センターでは、「遺伝子組換え植物の安全性の評価」ということが業務となる。現在、大衆からは必ずしも受け入れられていない組換え植物であるけれども、遺伝子組換え植物とは環境から考えるとどんなものなのか、その安全性についてはどうなのかという点について、第3者的な立場から(開発者でも、生産者でも無い)解析を行うという試みである。人類の為に貢献したいと真剣に考えていきたい。こんな考えに賛同する学生諸君と共に歩みたい。